2005年 12月 22日 ( 4 )
京都―歴史探訪 池田屋の変
「一味はすでに、古高が捕らえられたことを知っているらしい」
という報告があったからだ。当然、あわてているはずである。暴発を中止してそれぞれ京から散るか、それとも短兵急に決行するか。善後策が必要なはずだ。そのために、必ず会合をするだろう。
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場所は池田屋、日は今夜。
と分かったのは、六月五日である。それも夕刻になってから、山崎の諜報が届いた。
ところが、おなじころ、町奉行所に依頼してあった密偵から、
「今夜、木屋町の料亭丹虎(四国屋重兵衛)らしい」
ともいってきた。
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「諸藩、頼むに足らず」
歳三が、近藤に決心をうながした。近藤は無言で、立ちあがった。
すでに午後十時である。
「歳、木屋町(丹虎)へ行け」
歳三は、鉢金をかぶった。鎖のしころが肩まで垂れている。異様な軍装である。
「武運を。―」
だっ、と歳三は暗い路上へ出た。
近藤も、表へ。
ついでながら、歳三の隊はまず木屋町の丹虎を襲ったが、しかし敵がそこにいなかった。
近藤のほうは池田屋へ直進した。
池田屋では、薬屋の山崎が、ひそかに大戸の木錠をはずしてしまっている。
二階ではすでに酒席がひらかれてから二時間になる。酔いが十分にまわっていた。
近藤は、戸を開いて土間にふみこんだ。つづくのは、沖田総司、藤堂平助、永倉新八、近藤周平、それだけである。あとは表口、裏口のかためにまわっている。
「亭主はおるか、御用改めであるぞ」
(司馬遼太郎「燃えよ剣」より)

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小説では丹虎へ向かった土方が、かなり遅れて池田屋に急行した時は、
既に近藤が池田屋で大暴れしていることになっていますが
現地に行ってみると、池田屋と丹虎はかなり近く、
そんなに遅れて到着するほどの距離には思われません。

地図・写真はコチラ
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by dutra_shirt | 2005-12-22 22:48 | 歴史散歩
京都―歴史探訪 古高俊太郎邸跡
道具屋枡屋喜右衛門、じつは長州系志士の中でも大物の
古高俊太郎(江州物部村の郷士で、毘沙門堂門跡の宮侍)の化けおおせた姿であるという。
「しかも」
と岸渕はいった。
「蜂起の為の武器弾薬は、この枡屋の道具蔵にあつめてある。これは本●寺の水戸藩本陣ではたれでも知っている。」
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「すぐ、土方君」
近藤は、出勤を命じた。が、歳三は動かなかった。
「新選組の晴舞台だ。局長、あんたが現場に床机をすえるべきだろう。私は留守をする」
「そうか」
三人の助勤がえらばれた。沖田総司、永倉新八、原田佐之助。その組下の隊士あわせて二十数名が動いた。現場についた時は、とっくに日が暮れている。
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二階八畳の間に駆け上がるや、すでに寝ていた古高俊太郎の枕もとに突ったち、
「古高」
とかん高い声で叫んだ。
「そちはひそかに浮浪の者を招集し、皇城下で謀反を企つるやに聞き及んだ。上意である。縄にかかれ」
「どなたです」
古高も、これまでに何度も白刃の下をくぐりぬけてきた男である。落ち着いている。むしろ近藤のほうが、うわずった。
「京都守護職会津中将様御支配新選組局長近藤勇」
「あなたが。-」
(司馬遼太郎「燃えよ剣」より)
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現在は「しる幸」という料亭になっています。
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by dutra_shirt | 2005-12-22 22:47 | 歴史散歩
京都―歴史探訪 新撰組芹沢鴨暗殺(八木邸)
芹沢は、夜半島原から酔って帰営し、部屋で待っていたお梅と同衾した。双方、裸形で交接し、そのまま寝入った。
島原へ同行していた平山、平間も、それぞれ別室で寝入った。芹沢派の宿舎は、このところ八木源之丞屋敷になっていた。
道ひとつ隔てて、近藤派の宿舎前川荘司屋敷がある。
午後十二時ごろ、原田佐之助を加えた天然理心流系五人が、突風のように八木源之丞屋敷襲った。
お梅即死。
芹沢への初太刀は沖田、起きあがろうとしたところを歳三が二の太刀を入れ、それでもなお縁側へころび出て文机でつまずいたところを、近藤の虎鉄が、まっすぐに胸を突きおろした。
(司馬遼太郎「燃えよ剣」より)
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新撰組の初期の駐屯地であった「八木屋敷」を訪れました。
解説のおじさまが屋敷を案内してくれます。
「燃えよ剣」でおなじみの芹沢が暗殺されたシーン。

解説おじさまがおっしゃるには、八木家に伝わる話として
・芹沢、平山、平間の3名は同じ和室についたてをたててそれぞれ女性と寝ていた。
・切り込んだのは近藤、土方、沖田、藤堂、原田の5名
(となりの和室で八木家奥方、次男三男が寝ていたため声や音で誰が切り込んだのか分かったとのコト。藤堂が入っていて井上が入ってないところが小説とは異なります。)
・芹沢は切られた後、縁側に出て、さらに八木家が寝る隣の和室に逃げ込んだところ、和室入口に置いてあった文机につまずいたところを止めを刺された。

との、生々しい解説がありました。
実際に暗殺のあった和室から縁側、隣の和室の文机など、ノンフィクションは迫力が違うわ。
小説、ドラマとも異なる解説も、八木家に伝わる話ということなのでとっても納得です。

写真はコチラ
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by dutra_shirt | 2005-12-22 22:46 | 歴史散歩
京都歴史探訪 池田屋
京都に旅行に行った際の歴史散歩を何度かに分けてアップします。

この日は少し足を伸ばして、伏見の寺田屋にお邪魔しました。
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ここでの見所は、坂本龍馬がお龍の機転で奉行所の御用改めから脱出した事件。
その際にお龍が入っていたお風呂や、
c0046471_22301064.jpg

龍馬に急を告げる際に駆け上がった階段、
乱闘の際に出来た柱の刀傷が、まだ現存している、という
素晴らしい歴史的建造物というのが
実は真っ赤な嘘かもしれない。
ということです。

佛教大学、花園大学、天理大学の非常勤講師をされている
京都を主なフィールドとするフリーの歴史地理研究者の中村武生さんのBlogで
その根拠を詳しく説明されています。

こちら


あの刀傷が、c0046471_22304758.jpg

もしかしたら偽造かもしれない、ってことですか。
凄いですねー。

中村先生の調査によると、焼失した寺田屋がもとあった場所は
寺田屋の入口がある現建物の横の庭だそうです。
c0046471_2232979.jpg←ココ
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by dutra_shirt | 2005-12-22 22:41 | 歴史散歩



「中退アフロ田中」にハマっています。 頑張れFマリノス!
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