全米に愛された男。アンドレ・アガシ引退。
僕がテニスデビューした頃、
4年生の先輩達は、酒が入るとビョンボルグとジョンマッケンローの死闘の昔話に夢中になっていた。
先輩達はボルグの登場とともにトップスピンのループボールを打ち初め、
悪童、天才と呼ばれたマッケンローの活躍と共にラケットをダンロップに買い替えた。

マッケンローの好敵手、イワンレンドルが針の穴を通すようなストロークでマッケンローを凌駕し始めると、
みんなバックハンドでトップスピンを打ちまくった。

そしてベッカーとエドバーグの登場によって、
時代は完全にシンプルなサービスアンドボレー全盛期に突入する。


しかし、僕はボレーが嫌いだった。
ストイックにストロークのコースとスピードで相手を追いこんで行く
レンドルのようなスタイルが性に合っていたせいか、
むしろ前に出てくるボレーヤーの横をパッシングで抜く度に快感を覚えるようになった。
だからその頃の僕は、時代に逆行するように、
嫌いなボレーの練習に見向きもせず、リターンとパッシングの練習に明け暮れた。

そんな時、僕の前にまだ髪の毛がふさふさのアガシが現われた。
デニムの短パンを履いて、金色の長髪をなびかた
NYのダウンタウンから抜け出たようないでたち。
当時、ウインブルドンに象徴される規律や既成概念っといったものに挑戦するかのようなスタイル。
すべてが破格だった。
整髪料で固めた前髪は当時から無理があったけど。

そんなアガシがエドバーグやベッカーやサンプラスのビックサーブを
いとも簡単にパッシングで抜いていく様に共感し、
彼のプレーのビデオを擦り切れるほど見返して研究した。

ただリターンがうまいだけではなく、コートを縦横無尽に駆け抜けるあきらめないプレースタイルに、
そして伝家の宝刀、必ず前に踏み込んで相手に向かっていく、
シンプルだがある種通り抜けざまに相手の息を止める居合いのようなパッシングに酔いしれた。

でも、本当に彼のことが好きになったのは、
4大大会を制覇しはじめた若きアガシの時代ではなく、
その後の波乱万丈な時代からかもしれない。

92年 ウインブルドン
94年 全米オープン
95年 全豪オープン
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99年 フレンチオープン 全米オープン
00年 全豪オープン
01年 全豪オープン
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03年 全豪オープン

その輝かしい歴史の狭間で
97年には故障でATPランキング150位近くまで転落。
はっきり言って僕はもうアガシは戻ってこないかと思っていた。
ブルックシールズとも破局を迎えた。

しかし。
人生の谷底から這い上がったアガシは
99年。フレンチオープンを制覇し、ついにグランドスラムを成し遂げる。
その後、彼の精神的なホームグランドである全米も制覇。
彼の不屈の精神を世界に知らしめた。

それからも、全豪オープンを2度も制覇し
そしてあの03年の同じく全豪。

もう完全に枯れたかと思っていた彼の
見事な復活劇の横には女王シュティフィーグラフ。
決勝は泣けたよ。


彼は、社会への反逆児のような格好で僕たちの前に颯爽と現れて、
近年は修行僧のように過酷な鍛錬と積み、落ち着き払った態度でプレーし続けた。
アガシの成長をその目で見届けた全米中の人々が
彼がラケットを置いたその瞬間、
スタンディングオベーションを送ったに違いない。

アンドレ・アガシ。
僕のなかでのテニスのヒーローは
これからもずっとあなたであり続けるでしょう。

お疲れ様。そしてありがとう。
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by dutra_shirt | 2006-09-05 11:23 | 日々徒然
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