ジーコ退任会見 日本サッカー協会の罪
4年間。能力の限界はあるとはいえ、
精一杯日本のために尽くしてくれたサッカーの神様。
日本はジーコに本当にお世話になった。
私はジーコに本当に感謝している。
世界のサッカーの英雄が、
15年前、東洋の片隅の、さらに当時弱小チームの住友金属に来てくれた。
これだけでも奇跡としか言いようのないことだったんだから。

ジーコの退任会見で。
――言い訳でないとはいえ、結果が出なかった最大の原因はフィジカルの差であると言っているような印象を受けます。
体格差に関してはあらかじめ分かっていたことだと思いますが、どのような対策を行ってきたのですか。
また戦うすべはあったのですか

ジーコ 当然、それは分かっていたので、
4年間を通してできる限りの補強運動を行い、
強いチームに対しての(フィジカルの)ベース作りを行ってきたが、思うようにはいかなかった。
そこでW杯本大会が近づく中で、相手にリスタートをできるだけ与えない、不必要なファウルをしない、
ロングボールを放り込まれたときでもなるべくコーナーキックにはしない、
あるいはロングスローもあるので相手自陣に近いボールを(クリアで)蹴るようにということを
繰り返してやってきた。


やはりそうか。と言う印象だった。

フィジカルの差は初めから分かっていたことだ。
しなければならなかったのは
フィジカルの差を認識した上で、その差を埋める戦略とチーム作り。体作りなんかでなない。
ロングボール対策もW杯大会が近づいてきてからだったらしいし。

でもジーコは悪くない。とあえて考えたい。




名選手だったが、名監督ではなかった。
能力の限界が自ずからあった。
それも分かっていた。
でも、その能力の中で精一杯日本のために尽くしてくれた。
だから感謝したい。

問題はそんなジーコに目をつぶり、チームを一任しつづけた日本サッカー協会にある。
川淵会長がジーコを擁護しつづけた結果、
日本はW杯でぶざまな結果を晒した。
世界との壁、世界との差をいやと言うほど叩きつけられた。

日本サッカー協会はジーコを更迭できなかった。
日本のサッカーの向上より、
ジーコとの良好な関係を選んだ。
収入源である親善試合を引き続きジーコにマッチアップしてもらいたいんだろうか。

-――ジーコ監督は「これからも良い関係を保っていきたい」とおっしゃっていましたが、
日本サッカー協会としての考えは
川淵 今の段階で特に「こういう考え(です)」というアイデアは、持っていない。
これから田嶋(幸三)技術委員長と相談しながら、考えていきたいと思う。



次はジェフが招いて日本に来てもらい、ジェフが大切に育んできた世界のオシムとの関係を
一方的に横取りして日本代表監督にしたいらしい。
代表の危機と変革の必要性を大義名分に。

これまで、その代表の危機を招き、変革に見向きもしなかったのはどこの誰なんだってことだ。
次の代表監督を選ぶ前に、もっとやることがあるだろう。
4年間の総括と、反省と、その責任取り方を。
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by dutra_shirt | 2006-06-27 08:41 | 日々徒然
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